若竹の如く (お侍 拍手お礼の三十九)

        *お侍様 小劇場より
 


目にも御馳走の、淡色から深色まで、
様々な新緑が目映く萌えい出る頃合いがやって来た。
出先からの帰宅になった我が家では、先に連絡を入れてあったため、

 「お帰りなさいませ、勘兵衛様。」

ちょっと出歩くと小汗をかくよなこの季節には、こちらもまたありがたい。
眼福ものの瑞々しい笑顔が、愛想よくも出迎えて下さって。
提げて来た鞄を受け取った七郎次の撫で肩の向こうには、

 「…。」
 「おお、久蔵も帰っておったか。」

今朝方 一緒に出たはずの、色白な次男坊のお顔が居間から覗く。
うんと頷き、刳り貫き戸口から出て来た彼は、だが、
白い開襟シャツに濃色のズボンという、妙に堅苦しいいで立ちをしておいで。
あまり流行だのに敏感な子ではなし、
七郎次が買って来る服をそのまま着回しているような次男坊ではあるが。

  ―― ぴしっと折り目の立ったスラックスというのはちょっと…と

こちらさんもあまり着るものへの頓着はしない勘兵衛が、
それでも小首を傾げてしまったから相当なもの。

 「…その恰好は?」
 「ああ、いえね。夏服を着てみていただいてたんですよ。」

クロゼットのある寝室へと、お廊下を向かい掛けていた七郎次が先んじて応じ、

 「春先に合服のをと用意した折、
  袖や着丈がちょぉっと短くなっておりましたので。」

正確には、久蔵の背丈や腕の長さの方がちょぉっと伸びたのだが、
そんなせいで新しいのを仕立て直したことを思い出し、
六月初めの衣替えまでにと確かめておかねばと
念頭においていたのを、今日手掛けたらしいおっ母様だったようで。
冬と春秋は紺のブレザーと黒っぽい濃灰色のスラックス。
夏場は上が開襟シャツかYシャツにネクタイのみとなる、
よくあるタイプの制服なれど、

 「シャツはそうでもないのですが、スラックスの方が少ぉし短くて。」

最近の子はまた、脚が伸びるらしいんですよねぇと、
くすすと微笑った七郎次ではあったれど。
身長は自分の方がまだ少し高いのに、
ズボン丈はそんなに変わらなかったらしいのへ、
実はちょっぴりショックを受けたらしく。
それを勘兵衛が聞いたのは、
夜も更けてからの茶話でだったが…それはともかく。
久蔵殿も着替えてらっしゃいと、お二階へ促し、
自分は勘兵衛のお着替えを手伝うべく寝室へ。
お風呂になさいますか? 後でかまいませぬか?
そんな会話を紡ぎつつ、それはそれは手際よく、
さらりとした糊の感触も心地いい新しいシャツに、
厚手の更紗で、作務衣の筒袴のような仕立てのパンツを
この気候を考慮して早くもご用意して差し上げるところが、
相変わらずに気の利くおっ母様であり。

 「髪もお結いしましょうか?」
 「いや、こちらはいい。」

相変わらずの長い蓬髪が暑苦しくはないかと訊いたのへ、
苦笑混じりにかぶりを振ってから、

 ―― ふと、その笑みがもう少し深くなった勘兵衛だったので

 「?」

どうされましたかと、七郎次が目顔で問えば、

 「いや何。思い出してしもうてな。」
 「? 何をです?」

きょとんとする連れ合い殿へ。
居間へと戻るまでは口を開かず、
こちらも青々とした若葉に埋まった庭を見渡せる特等席へと陣取ると、
ソファーの肘掛けへと乗せた肘の先、
手の甲で頬を支える格好にて、くすすと上目遣いに見上げて見せて。
意味深な笑みがなお深くなった勘兵衛であり、

 「覚えておらぬか?
  お主が高校へと上がろうという年の、そうさな、春休みのことだったか。」
 「………あ。////////

そんな一言で甦った何かしらのせいだろう。
おっ母様の頬がほんのりと赤くなったのへ、

 「?」

先に着替え終えての、こちらさんも定位置のラグの上へと座ってた、
金の綿毛をしたお猫様こと、次男坊。
行儀はちょいと悪かったが、
手をついての四ツ這いにて間近のソファーににじり寄り、
そこにあった父上のお顔を“にゃん?”と見上げてしまわれる。
それへと“訊きたいか?”なんてな目配せまでなさるのへ、

 「あっ、あっと。何か冷たいものでもお出ししますねっ。////////

わたわた慌ててキッチンの方へ。
飛び込むように逃げてった母上だったのへ、

 「???」

ますますのこと、
久蔵殿の首が傾げられたのは言うまでもなかったりするのだが。




  ◇  ◇  ◇



 こちらは既に社会人だった勘兵衛が、その頃にはもはや彼のみが家族となって待っていてくれていた実家へ、少しほど久々に戻った折のこと。執事役の初老の紳士へ留守を守りし労をねぎらい、さて…と、居室へ向かいながら目線が探したのは、彼にこそ会いたくて戻ってきた、その青年の姿だったのだが。
『? 七郎次はどこにいる?』
『それが…。』
 戻るぞという連絡をしなかったのは、吃驚させてやろうと思っての悪戯心から。日々間近に居られぬ間柄なのは、両親からの遺言で、彼へは十分に教育を受けさせねばならぬとされていたからのこと。何も使い勝手がいいからというのではなく、柔らかな笑顔が何とも懐っこい彼を好もしく思い、早く手元へ呼びたくてしようがなかった勘兵衛には、その遺言がどれほどのこと重い枷であったことか。そんな彼へやっと逢えるというに、見つからないとはどうしたことか。春休みは何処へも出掛けないと聞いていたし、ならばそのいずれかへ戻るとは言ってあったので、不在ではなかろうにと怪訝そうな顔をして見せれば。年若き御主へ、家内執事こと、昔流の言い方で“女中頭”の蔦子というご婦人が申し訳なさそうに声を掛けて来たのだが、

 『どうか若様もお止め下さいませな。
  七郎次様、どうしてもお古で済ますと言って、
  加藤さんや私どもの言うこと、聞いて下さらないのですよ。』

 彼がこの春から通うのは、奇しくも勘兵衛が通っていたのと同じ高校。なので制服の型も変わらない。だったら、そちらを着させてもらおうと言い出して、古着を収めてあった蔵まで運んでいる七郎次なのだと告げて下さり、

 『…相変わらずだな。』

 戸籍上はどうであれ、支家の出という紛れもない血縁者には違いなく。そんな肩書を退けても、先年揃って亡くなった両親はもとより、勘兵衛自身も、その素直で健気な気性をそりゃあ愛でている七郎次。だというのに、いまだに遠慮が挟まってのことなのか、服でも何でも自身の身の回り品は、出来るだけ新しいもの買わずに済ませようとする。この言い方も手ひどいとは思うがそれでも、強腰に構えての“みっともないから”という言い方を持ち出してやっと、新しい服なり持ち物なりを買いに行くのへ連れ出せる…という順番の子で。

 『あ、勘兵衛様、お帰りなさいませ。』

 母屋の裏手に幾つか居並ぶ蔵まで運べば、やっとのことで久し振りの愛しいお顔が見つかって。確かに背丈が多少は伸びたらしかったが、それでも線の細い感はまだまだ拭えない、優しい細おもてがにっこりと頬笑んで下さって。

 『懐かしいものを。』

 ここへと案内をさせたらしい、勝手の判る侍女に付き添わせ。桐の長持ちを開いていた彼が手にしていたのは、確かに勘兵衛にはお懐かしい、高校時代の制服ではあったれど、
『…お主には合わぬと思うのだが。』
『どうしてですか? もう随分と背丈も伸びたのですよ?』
 今の勘兵衛様にはまだまだ及びませぬがと、そこは判っていたらしかったが。それでも学生時分の勘兵衛とはさして変わらないだろうと思っていたらしく。墨色の詰襟、前合わせを広げて肩へばさりと羽織ったまではよかったが、

 『あ…。』
 『ほれ、見ぃ。』

 残念、肩幅や胴回りが随分と違う。袖も長くて、これではどう見ても、お父さんの上着を悪戯している坊やの図だ。
『〜〜〜。////////
 ここまで違うとは思わなかったか、顔を赤くし“う〜〜〜っ////”と唸ってしまった麗しの“弟御”だったのへ、

 『第一、それには私の3年間が染みついておるのだぞ?』

 ただのお古という扱いはあんまりではないか…と皆までを言わずとも通じたか。はっとするとしょんぼり肩を落としてしまう七郎次であり。
『…ごめんなさい。』
 小さなお声で謝ってしまった彼を覗き込み、
『大した蓄積ではないがな。』
 咎めて言ったのではないと。みっともないという言い方でもせねば聞いてはくれぬところへの応用、しょんもりさせたはこちらこそ済まなんだと。額同士がくっつきそうなほど間近に寄ってやっての詫びをしてから。このように肘やら腰やら光っておるものより、新品の威勢のいいのを羽織っておくれ…と。

 『せっかくの美貌がこれでは引き立たぬぞ?』

 そうと付け足すと、やっとのことで微笑ってくれたところまで、きっちり覚えておいでの勘兵衛様だったりし。

 「そんなこともありましたねぇ。」

 遠慮をした訳じゃあないのですが、使えるものがあるのにと思うとつい…と。今ではそこが“良妻賢母ぶり”へ しっかと生かされているおっ母様、恥ずかしそうに微笑っておいで。そして、

 「???」

 久蔵殿がますますのこと怪訝そうなお顔になったは、七郎次が“詰襟”を着ていたという部分が どうにも想像出来ないらしく。納得しがたくての末のことだったとか。そこへと畳み掛けたのが、

 「どうせ、じきに追いつき追い越されるのだろうがなと言ったらば、
  お主、何と言ったか覚えておるか?」

 そんな御主の付け足しで。

 「えっと…? ………あっ☆ ///////////

 思い出したと同時、よほどに恥ずかしい言いようででもあったのか、お耳からうなじまでを真っ赤にしたおっ母様であり、

 「???」
 「あ〜〜〜〜っ、いやいや、あのそのっ。
  久蔵殿、先にお風呂へ入って来てはいかがですっ?」

 何なら一緒に入りましょうか? お背中流して頭も洗ってあげますよと。まだまだ陽も高いまんまな、午後のおやつどきだというに、お風呂だお風呂だとバブルなおデートへ向かった金髪美人二人を見送り。日頃は即妙な機転が利くはずな七郎次の、何とも突貫な誤魔化しようへ、くくくと喉奥震わせる低い笑いが止まらなかった勘兵衛様だったそうな。


  ―― そうまで大きくなってしまったら、
      勘兵衛様から可愛がってはもらえなくなります。


 そんなの絶対困りますと、そりゃあ真摯なお顔で言って退けた誰かさんをば思い出しつつ……。



  〜どさくさ・どっとはらい〜  08.5.07.


 *当然、そんな可愛らしいことを言う不届きな口はこうしてくれると、
  性懲りもなくお仕置きされたに違いなかったりするのでしょうね。
  恥ずかしい大人たちです、まったくもう。
(苦笑)

めるふぉvv めるふぉ 置きましたvv **

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